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社長のコラム しゃコラ



社長のコラム、通称“しゃコラ”
お買い物学 2011/09/06

今、自分が取り組んでいるテーマを、勝手に「お買い物学」と呼んでいる。何故、「お買い物学」なのか・・・。正しい突っ込みである。はなからそんな学問などあるわけもなく、早い話が「マーケティング」の延長みたいなものだ。

現代社会では人が何かを買う時、ネットであれやこれやと調べて、どれが安いか比べることが多いらしい。今の賢い消費者は、価格に敏感なのだそうだ。だが、ほんとにそれだけなんだろうか?たしかに間違いではないのだが、消費者心理の深層は、もう少し複雑で微妙な気がする。
安さも買う要因のひとつではあるが、もっと別の主因で人は「買いたい」と思うのではないだろうか。

まず、人が「お買い物」という行動をする時には、無意識にふたつのチェックポイントがあるという。ふたつをクリアーして初めて購買行動が成立する。ひとつは「買いたいのか買いたくないのか」のチェックポイント。もうひとつは「買えるか買えないか」のチェックポイントである。前者は「情動」により動き、後者は「理性」で決まるらしい。それじゃあ、情動と理性、どちらが優勢かといえば、圧倒的に「情動」なのだ。つまり、本質的には「買えるか買えないか」の前に「買いたいか買いたくないか」のハードルがあるということだ。

私たちの生活は、これまで「販売者(売り手側)と消費者(買い手側)」という関係で成り立ってきた。しかし、最近「何かが大きく変わり始めている」ことに、みんな薄々気がついている。ネットの出現で、ずいぶん前から「売り手と買い手」の区別がなくなってきていることに・・・。どうもこの辺が明確に分かれていないのだ。このことは最近、「お買い物学」を悩ませる要因のひとつとなっている。

ひょっとして今の消費者はモノやサービスを買いたいのではなく、「プロセス」を買いたがっているのではないだろうか。であるならば、われわれ売り手側も、それに応えていかなければならないのではないか。消費者が漠然と求めている日常の充足感や肯定感、“ワクワク”を得られる瞬間を実現する道筋を示してあげなければならない。そして、そこにモノやサービスを埋め込んで、リアリティを感じられるようにチューニングし、未来へのチケットを渡してあげる。消費者の暗黙の期待に応え、「情動」に訴えることこそが、売り手側の使命なのではないだろうか。

何かを売るために心を通じ合わせるのではなく、買い手の心の琴線に響いた結果売ることができた喜び。表面的にはどちらも同じように見えるが、この場合、売り手側の内面の充実感は大きく違う。モノを売るということも、買うことと同様、本来とっても素敵なことなのだ。

でも、私は日々の事業活動の中で、時々「モノ」を売ることに限界を感じることがある。なぜ人は買いたい!と思うのか、についての本質的な考察は、私にとって職業的にも重要なこと。何をどうやって売れば売れるのか?同時に、消費者が本当に必要としているのは、その「モノ」なのだろうかという究極的な疑問への回避だ。これらの事に対して素朴に日々試行錯誤を繰り返すことが、私にとっての「お買い物学」のキモなのです。
「原価と価格と利益」といった数字のにらめっこに疲れ切った人にとっては、日々の考え方にブレイクスルーを与えるヒントになるかもしれません。


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