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社長のコラム しゃコラ



社長のコラム、通称“しゃコラ”
オーディンの鴉 2011/10/15

現代の情報化社会では、ネットワークが急速に発達し、私たちは便利な日常を送るようになった。
しかし、パソコンや携帯電話のメール、クレジットカードやICカード、ネットショッピングやネットの閲覧、twitterやブログなど、日常に偏在する様々な電子ツールから吸い上げられた私たちの個人データは、すべて履歴というカタチでどこかに残っている。さらに最近では街中に監視カメラが設置されていて、これらのデータも全てチェックされたら私たちの日常は丸裸にされてしまう・・・。もしも悪用でもされたら、それはもう大変である。どこか別な知らない場所に、もう一人の自分が保存されているような不気味さを感じずにはいられない。一度でもネット上にあふれた情報は、回収不能と覚悟したほうがよさそうだ。

『 オーディンの鴉/福田和代 著 』

疑惑の国会議員が謎のメッセ−ジを残して自殺した。まるで往年の「火曜サスペンス劇場」のような冒頭。真相を追う東京地検特捜部の湯浅は、ネット上にその議員に関する悪意に満ちたプライバシーが氾濫していることに戦慄を覚える。それは決して他人が知り得るはずのない異常なほど詳細な個人情報だった。そして、事件の捜査を続けるうちに、湯浅自身もその情報の餌食となってしまう。あらゆるネットワークテクノロジーが構築する巨大情報監視システムを駆使して、一人の人間を監視しながら追い込んでいく謎の組織「オーディンの鴉(からす)」と対峙する湯浅。監視される社会の恐怖を描く福田和代お得意のサスペンス作品。読後の感興は、とてつもなく深い。

何が人を犯罪に駆り立てるのか。心の奥底にひそむ本性を、細い糸をたぐり寄せるように描き出す。行間からは、主人公を取り巻く社会が放つ瘴気が立ちのぼる。
本書が著者を通して描くのは、現代社会に偏在する、あらゆる情報という「毒」である。その毒にはネット上に普通に存在しているものもあれば、悪意をもって加工・編集され、人の内部から立ち上がって負の連想を生むものもある。ことに後者は突き抜けている気がする。それは物語を引っ張る現代社会の恐怖の筆頭“個人情報”の垂れ流しだ。
意図的に情報を流すことで、その人の人格を一方的な方向へ誘導することも可能になってしまう。「東スポ」の見出しのように、それ自体が一人歩きしたら大変なことだ。相手が見えない分、余計に恐怖心が沸いてくる。誰にでも起こり得ることで、決して他人事ではない。

結末まで謎解きのジグソーパズルが埋まっていくような爽快感は訪れない。肝心の謎の組織を取り巻く人々のおぞましい素顔も、はっきりとしないまま話は終わってしまう。だが、たとえ組織の正体が解き明かされたとしても、登場する誰の心も冷えきったままだろう。ほの暗い白夜の中を彷徨うような、やるせない気持ちになった。

結局、自分という人間の存在も無数のデータの集まりに過ぎないのだろうか。
この手で触ることの出来る「生身」の意味って、何だろう。私たちにとって、最後の最後までデータ化されずに残るものは、一体何なのだろう。読後も、そんなやり切れなさがまとわりついて離れない。
監視社会の不気味な胎動を描く力作。おもしろい。


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